加賀藩奥山廻り役、伊東刑部の祖先に竜左衛門という器量人がおったそうな、その男には女遊びという一つだけ悪い癖があって女房お新の悩みの種だったそうな、男のこの遊びは年老いてもつのるばかりでいっこうに止むことがなくてな、お新の嫉妬は益々深まっていき、ついには二人の間はどうにもならなくなったんじゃ。
たまりかねた竜左衛門は、信州へ隠れようとある嵐の晩家を出た、が、それを感づいたお新も、あわててその後を追ったそうじゃ、欅平まで黒部川沿いににげて来た竜左衛門は、ここで老人に逢ったが、なおも道を急ぎ餓鬼岳の谷を登ったが、年に勝てず魂がたえて、途中で死んでしもうた。
後を追ったお新婆さんは、道がわからなくなっちまって、欅平で人にあい、じさまの行方を聞いたら左を指さしたので左へ左へと谷を登ったが、ばさまもついに途中の谷で死んでしもうての、そこからやがて熱湯が吹き出したそうな、これはお新婆さんの嫉妬の想いだということじゃそうな。